ポンペイ語でも「yakyu」

  初めてポンペイの空港にジェット機が就航したのは、1970年のことだった。19才だった私は、未知の島‘南海の楽園ポナペ’ に渡る喜びで毎日わくわくしていた。  初めて飛行機に乗れるかも知れない出発日の夜の8 時見送りは少なかった。 もうすぐ旅立つと言う時、なぜか屋台の蕎麦屋が来た! ここは、羽田国際空港・・から少し離れた横浜本牧埠頭。 「・・・・」なんと船旅だった。 貨物船に客室を付けた貨客船、ホイコン号ノルウェー船で、次の日太平洋上で見ると 真白い船体が朝日に映えて奇麗な船だった。

  あの日から 35年の年月が経っている。 35年前のポンペイは、何も無かった。 電気 水道 ガス テレビ。 タクシーは、島に1台。 日が暮れると何もすることが無くなる。 暗い道を歩いて町に繰り出す楽しみは映画だ。 1ドル持っていくと映画を観て、サイダーを飲んで、ドーナツが1個買えた時代である。 そして、もう一つの楽しみが野球だ! 島の人たちは、野球が大好きだった。 勿論、今でも大好きである。

島の人達がする野球は、めちゃくちゃに面白かった。 無い無い尽くしの野球である。 野球場が無い、道具が無い、そして肝心のベースが無い! それでもベースボール? 日本の草野球は、ゴムの軟式野球が大半だが、戦後アメリカ時代になってから驚くことにボールだけは、硬球を使っている。 初めて観た試合は、自分の目を疑った。 バッターが立つ、ピッチャーが投げる。 この辺は、同じ様だがよく見ると審判がいない。 野手が、10人守っているように見えるが、一人審判が混じっている。 マスクが無いからピッチャーの後に立って、ストライクボール! アウト! セーフ!と一人でこなす。 選手も審判も普段着でユニフォームなど着ていないから、誰が誰だか分からない。 そして、殆どがゾウリか裸足、キャッチャーはマスクだけ、下手に当たれば骨折さえしかけない恐ろしいことだが、彼等には何とも無いらしい。 丸太棒のような腕で投げるボールは、時速150キロに達し様かというような球である。 そして、たまにチップ。 「ピシ」と言う音、「ボスッ」 チップした球がキャッチャーを直撃だ! 「ウッ」と一声。 しかし、そのまま続行、痛いと言うことを知らないのだろうか?
 
  そんなことは無い。 その後の低めの球やワンバンドする球は、キャッチャーが飛び上がって逃げてしまう。 その度に拾いに行くので時間がかかる。 だが、選手も見ている人達も気にならないようだ。 グランドも凹凸、ゴロなどとてもじゃないけど危なくて捕れない。 ゴロの正しい捕りかたは、よく見て、近くに来たら後ろ向きになりお尻でボールを止める。 そして、つかんで投げる! 投げた先のファーストも、ワンバンドが来ると逃げてしまう。 そしてボールは草むらの中。 1個しかないときは、皆で草むらに入ってボール探し、観客も一緒もう誰が誰だか分からない。 もし選手と観客が入れ替わってもわからない。 チェンジになると野手は、グローブを放っぽって引き上げる。そして相手チームが、そのグローブを拾って守りにつく。 こんな野球でアウトになるのは、殆ど三振かフライ、ゴロを打てばまずヒット。 5時間かかって終わった試合が、29対30なんてザラ。 それでも1点差の試合など、素晴らしい試合であったと何日も話題となって話されたりする。

  そして、何年かしてから自分達のチームを作る事になった。 先ず道具をそろえる。 ボール、グローブは、勿論、ベースまで揃えた。 そして始めての試合のユニフォームまでは、手が届かなかった。 我々のチームは、白いメリヤスのシャツにマジックインクで背番号を書いた手製のユニフォームを着た。 上出来だった! グランドへ近づくとオレンジ色の軍団がいた。 既製品のユニフォームを着た相手チームだ! あっ気にとられた。 ユニフォームを持っているチームが、有るじゃないか! あまりの見た目の違いに試合前に勝負がついたような感じがした。 しかし試合が始まってよく見ると、揃っているのは、シャツとズボンだけ。 我々は、靴かスパイク、むこうは裸足や靴下だけ。 そして世にも不思議な光景を目にする。 スパイクを履いた我々が、バッターボックスに入って軸足を止めるのに、スパイクで少し泥を掘り下げる。 そして足を入れる穴ができるとバットで叩いてスパイクに付いた泥を叩き落す。 見ていた相手の選手がまったく同じ事をする。 それも靴下だけで泥を蹴散らし穴を掘り、バットで足を叩いて、靴下の裏についた?泥を落とす。 これは笑える! 中にはバットで足を叩いて、あまりの痛さに飛び上がった選手もいた。 

  そして試合、なぜか日本語が飛び交う。 日本時代に入ったスポーツは、殆ど日本語で残っている。 野球は「やきゆ」。 走り幅跳びは「あぱとぴ」。 走り高跳びは「たかとぴ」。 そして「ヨウイドン」。 野球用語も三振はそのまま「三振」。 ゴロは「ゴロ」。 ヒットは「居ないとこ」。 盗塁など初め何を言っているのか分からなかった。 良く聞くと「とばす! とばす! すべった!」と言っている。 動きを説明しているだけだ。 我々のチームは混選チームだった。 色々な選手の集まりではなくて、野球をやったことがある人とない人の集まりチームだ。 先ずキャッチボールから教えた。 一通り見れるようになるまで一年かかった。 守備の時は、ボールが来ないように祈り、バッターになるとバットにボールが当たるようにと祈る。 毎日の練習の成果は、出るもんだ。 メルソールと言う選手が居た。 彼もキャッチボールから教えた一人だ。 ある試合でレフト前にクリーンヒットを打った。 信じられなかった。 いや本人が信じられなかっただろう。 一塁のランナーとなった彼は大喜びだった。 そしてこの喜びが無くならないようにと思ったのだろうか。 次の打者がショートゴロを打ったとき、彼はしっかりと一塁ベースに立っていた! 二塁に走ったらアウトになってしまう。  自分はこのままが良い、アウトになりたくない。 そう思ったそうである。 この頃の野球を珍プレー好プレーのテレビが録画していたら、世界的にポンペイいやミクロネシアが有名になった事は言うまでも無い。

  最後に本当にあった超珍プレーを紹介しよう。 ある試合の終盤、点差も迫っていた。 そして攻撃チーム、ワンアウト、ランナー2塁。 次のバッターが高~いレフトフライを打ち上げた。 ランナーはハーフウェイ、二塁と三塁の間でボールの行方を見ている。 もしレフトが捕球したら二塁へ戻る。 もし落球でもしたら三塁からホームへ突っ込む準備だ。 バッターは打った瞬間からものすごいスピードで走った。 捕られてもともとで落としたら二塁打のつもりだった。 しかし自分の前にランナーがいることは頭に入っていないらしい。 レフトがエラーしてボールを落としてしまったのを見てますますスピードを上げ、前のランナーのうしろ5メートル位まで近づいた。 そして二人、続いてホームインするつもりだった。 レフトも大変だ。 二人ホームインしたら自分の責任だ。 何しろ投げちゃえ~イ!で、キャッチャー目掛けて矢のような返球をした。 
  キャッチャーが球を捕った時、前のランナーがすぐ近くまで来ていた。 驚いたランナーがブレーキをかける。 そして振り返り三塁に戻ろうとした。 すると後に来ていたもう一人も驚いた。 前のランナーにぶつかったらアウトになる。 急ブレーキをかけて三塁へ戻る。 球を持ったキャッチャーが追いかける。 二人のランナーが逃げる。 後ろのランナーが三塁ベースに近づいた時、キャッチャーが投げる。 今度は三塁手が受けて、ランナーを追いかける。 二人揃って向きを変えホームに向かって逃げる。 二人のランナーが、三塁とホームの間で挟まれている。 前のランナーがホームに近づいた時、キャッチャーに投げた。 キャッチャーが捕って追いかけようとした時、三塁手は後ろのランナーの近くにいた。 ここでぶつかると走塁妨害でセーフになってしまう。 三塁手は慌てて向きを変え走った! その後をランナーふたりが必死で追いかけている。 傍で見ているとキャッチャーが三人追いかけている様に見える。 そして先頭を走る三塁手にキャッチャーが投げた! 捕れる訳が無い。 三塁ベースに向かって走っているのだ! 後ろからきた球は、三塁手の頭を直撃した!  

  ランナー二人はホームイン。 三塁手はうずくまったままだった。 するとキャッチャーも他の選手も倒れている。 あまりに突拍子も無い珍プレーのおかしさに全員が笑い転げていた。 三塁手は頭を抱えたまま、おかしいのと恥ずかしいのが入り混じって、笑いを止める事が出来なかった。

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